西の里神社


【 西の里神社の由来 】


 明治26年徳島県より西の里へ入植した近下徳一が代表で明治31年出雲大社に参拝し分霊を受け、地域の守護神として155番地の小高い所に5坪の社殿を建てた。明治29年10月1日道庁より貸付地払下げ通知があり、その日を例祭日と定める。その後、数多の変遷があり現在地へ造営する。「北海道神社庁」公式ホームページ「西の里神社」より

 

◆ 所 在 地    北広島市西ノ里373の4
◆ 例 祭 日    9月 23 日
◆ 祭  神   天 照 大 神 (あまてらすおおかみ)  大 己 貴 神 (おおなむちのかみ)
◆ 社殿様式   切 妻 造























【 令和8年度 西の里神社 役員・総代 】


宮   司     勝沼 達朗
  問     谷畑 寛 

相 談 役     土屋 幸雄

総 代 長    田島 廣信
副総代長     山口 悦範  鎌倉 征光
監 査 役     福田 梢
責任役員     斎藤 清司  大山 秀之  熊谷 美浩
         入江 雅也  長谷川 克己 佐藤 大輔  
事務局長    小澤 徹
事務局次長   島田 大助 
会 計 長     小澤 徹(兼任) 

            ※ 上記ご芳名 敬称略

 


 

 



西の里開基百年記念碑

台座  3.8m×2.7m 高さ0.6m
記念碑 2.4m

夕張岳の東方トナシベツ渓谷から採取された重さ17トンの自然石で、記念碑建立委員が平取町二風谷に原石調査に赴き、おびただしい原石の中で形、風格ともこれぞと思われるものを貝沢石材の原石置場の中から選び出した。
碑面の文字は、広栄町内会の田中吉人師作の漢詩・風雪百年賦より「風雪百年」の四字を選び、同じ町内会の寺岡康儀師が揮毫した。なお、記念碑後方隅の61㎝×74㎝大の黒御影石板には、漢詩の全文が刻まれている。
また、記念碑の傍らにある「碑文」は、風雪百年賦の解説文を、71センチ×89センチ大の黒御影石版に刻んだものである。
「 風雪百年~西の里郷土史より 」








 郷土芸能 ・七頭舞・権現舞

 【 中野流西の里七頭舞 】
1992年11月、西の里保育園を卒園した子供たちを中心に発足。
1993年7月、中野七頭舞(岩手県岩泉町小本字中野、岩泉町指定無形民俗文化財)の地元に出かけ、保存会の師匠達に直接指導を受け、「中野流七頭舞」として踊ることを許され今日に至っている。

 黒森流西の里権現舞 】
1998年11月、黒森神楽(岩手県宮古市山口、岩手県指定無形民俗文化財)神楽衆の指導と民舞保存会や地域の人達の支援によって「黒森流西の里権現舞」が発足。

「 風雪百年~西の里郷土史より抜粋 」

 

             

 

 

 

 

【 厄除け 安全祈願 】

◆ 厄除け 安全祈願 動画 ◆ クリックで You Tubeをご覧いただけます。



【 周 辺 地 図 】